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広島高等裁判所 昭和31年(う)597号 判決

控訴人 被告人 崔守 外三名

弁護人 西本計三 外二名

検察官 山本石樹

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用中証人飯野亀十に支給した分は被告人崔守の負担とし、証人増田一男に支給した分は被告人姜令児の負担とする。

理由

被告人崔守の弁護人西本計三、同梱原隆一、被告人姜令児、李春花、同文二生の弁護人鈴木惣三郎の各控訴の趣旨は記録編綴の各控訴趣意書記載のとおりであるから、ここに之を引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

弁護人鈴木惣三郎の論旨第一点について

所論は、原判決は原判示貨物を第一亀久丸に積み替えたことを以て密輸出を遂げたものと認定しているが、自国領海内で外国仕向け船舶に積替えたに過ぎない場合は密輸出の予備に過ぎないから原判決の認定はその認定自体において何故既遂なのか判明しない理由不備の違法があるというにある。しかし原判決挙示の各証拠によれば(同弁護人の論旨第三点について後に説示する如く)本件貨物は朝鮮に密輸出する目的で下関市観音崎岸壁から第二高宝丸に積み込み同市六連島燈台沖に於て朝鮮行きに仕向けられた第一亀久丸に積み替えられたものであることを認めるに十分である。

而して、右の如く貨物を密輸出する目的で外国仕向け船舶に積み込んだ以上、関税法第一一一条第一項に所謂輸出を為したものと認めるべきであるから原判示貨物の積み替えを以て輸出の既遂と認定した原判決には何等所論のような違法は存しない。論旨は理由がない。

同弁護人の論旨第二点について

所論は原判示別紙第二目録の番号一乃至六、四五乃至七五の各貨物はいずれも増田一男より黄祐錫に、同人から被告人姜令児に順次販売を委託されて交付せられたものであるからその所有権は増田一男に属するものなるにかかわらず、原判決が被告人姜の所有に属するものとして関税法第一一八条を適用し没収したのは擬律錯誤の違法があるというのである。よつて記録並びに当審証拠調の結果を検討するに、被告人姜令児の司法警察員に対する供述調書、黄祐錫の司法巡査に対する供述調書、原審公判調書中同人の証人としての供述記載、当審に於ける証人増田一男尋問調書にはいづれも右主張に副うような供述部分もあるのであるが、これ等の各供述内容の全趣旨を仔細に検討し、更に関係証拠を参照して考察すれば所論の各取引は委託販売契約ではなくして売買契約であると認めるのが相当であるから原審が右貨物を被告人姜の所有に属するものとして前記法条を適用し没収したのは相当であつて所論のような違法は存しない。論旨は理由がない。

同弁護人の論旨第三点について

所論は被告人姜令児、同李化春、同文二生等は対島に赴いて品物を売捌き引返すか、或は同地に於て海女となつて生活するつもりであつて朝鮮に密輸出する意思はなかつたものである旨事実誤認を主張するものである。しかし被告人等が原判示貨物を朝鮮に密輸出しようとしたものであることは原判決挙示の各証拠を綜合すれば優に之を認めることが出来るのである。なるほど同被告人等は検挙以来終始右論旨に主張するような弁解をしているのであるが、右は被告人崔守、原審相被告人金東祐、同富士野兼好、同茶野木海山、同田中定義の各検察官に対する供述調書、被告人崔守、李慶賢、南原任和、修行茂、小島喜太郎の各司法警察員に対する供述調書に比照し到底信を措き難く他に右主張事実を肯認せしむべき何等の証拠も存しない。原判決には所論のような事実誤認の違法はなく、論旨は理由がない。

弁護人西本計三、同椢原隆一の各論旨第一点について

所論はいづれも原判示第一亀久丸は飯野亀十の所有に属するものであつて被告人崔守の所有ではないから同被告人の所有に属するものとして関税法第一一八条を適用し之を没収すべきものとした原判決には事実誤認乃至法令適用の誤の違法があるというのである。よつて接ずるに領置の証第一〇七号領収証書の記載、並びにそれが被告人崔守の手裡にあつた事実に、飯野亀十の検察官に対する供述調書、原審公判調書中同人の証人としての供述記載部分、当審に於ける同人に対する証人尋問調書によれば右第一亀久丸は昭和三〇年七月一五日飯野亀十と被告人崔守との間に代金三七万五千円で売買契約成立し同時にその所有権は被告人崔守に移転したものと認めるのが相当である。尤も右飯野亀十は右各調書に於て終始右第一亀久丸の所有権はその代金の完済されるまで売主たる同人において留保していたものであるかの如き趣旨の供述を為しているのであるが、前記各証拠によつて認められる右売買契約成立と同時に内金として契約の当初授受された手附金をふくめて二〇万円の支払が為されていること、代金三七万五千円の領収証が被告人崔守に交付されていること、船籍票等と共に現実に第一亀久丸の占有が被告人崔守に移されていること等から見て同船の所有権移転の効力発生を特に残代金支払のときまで停止する特約があつたものとは認め難く、それは単に被告人崔守が朝鮮人であるため正式に所有権移転手続を履践することができないので第三者名義を藉りて所有権移転の手続をする必要があり、その手続が直ちに出来かねる事情にあつたので該手続の完了するまで残代金の支払が留保せられていたに過ぎないと見るのが相当である。右認定に反する前記飯野亀十の各調書中の供述記載部分、被告人崔守の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書、原審公判調書中同被告人の供述記載部分は措信し難く他に右認定を覆すに足る証拠は存しない。されば原判決には所論のような違法はなく、論旨はいづれも理由がない。

同論旨各二点について

所論はいづれも被告人崔守について原判決の量刑不当を主張するものであるが、本件犯行の態様、罪質、密輸出にかかる貨物の数量、被告人の犯罪経歴その他記録にあらわれた諸般の情状を考察すれば原審の量刑は已むを得ないところというべく、所論の諸点を参酌考量するも不当に重いとは思料されない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九六条第一八一条第一項本文を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村木友市 裁判官 渡辺雄 裁判官 原田博司)

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